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福岡高等裁判所 平成4年(行ケ)1号 判決 1993年2月25日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求める裁判

(原告)

1  平成四年四月一九日執行の有明町議会議員一般選挙における当選の効力に関し、南里司が提起した審査の申立てについて、被告が平成四年九月八日付けでした裁決中「平成四年五月一日付けで審査申立人が提起した有明町議会議員一般選挙における当選の効力に関する異議の申立てについて、同年六月一六日付けで有明町選挙管理委員会がなした棄却の決定はこれを取り消す。前田清次郎の当選は、これを無効とする。」との部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

二  本件事案の概要

(争いのない事実)

1  原告は平成四年四月一九日執行された有明町議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補し、二九八票の投票を得て当選人となった。

次点者は補助参加人で、その得票は二九七票であった。

2  右当選の効力に関し、補助参加人は有明町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)に対し、同年五月一日付けで異議を申し立てたが、町選管は同年六月一六日付けでこれを棄却する旨の決定をした。

3  補助参加人は、右町選管の決定を不服として、被告に対し、同年六月二四日付けで「右決定を取り消す。本件選挙における原告の当選を無効とし、補助参加人を当選とする。」との裁決を求める審査の申立てをしたところ、被告は、平成四年九月八日、補助参加人を当選とする申立てを却下したほかは右申立てを認めるとの裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同年九月一六日その旨の告示をした。

4  本件裁決の理由の要旨は次のとおりである。

(一) 「南治司」という票があったが、右は選挙会において補助参加人に対する有効投票とされており、無効投票と決定された投票の中には存在しない。

(二) 原告に対する有効投票と決定された投票の中に別記一の投票があるところ、右は原告の氏名が明確に記載されているので、原告に投票されたものであることは疑いがないが、投票の氏名欄外の右下部に「」と記載されており、これは有意の他事記載であるから、別記一の投票は無効と解すべきである。

(三) 無効投票と決定された投票の中に別記二の投票があるところ、右は「なんり」と記載しようとして「ん」の字を書き落としたものと認められるから、補助参加人に対する有効投票と解すべきである。

(四) その結果、原告の投票数は一票減じて二九七票となり、補助参加人の得票数は一票を加えて二九八票となるから、原告の当選は無効である。

5  本件選挙の候補者中には「森清和」なる者がおり、また、本件選挙の選挙区内には、補助参加人と同じく「有明町大字坂田字古賀」に居住し、古賀地区の区長をつとめている「南治寛義」なる者や、有明町内において菓子卸業を営む「南治昭秀」なる者がいる。

6  補助参加人に対する有効投票として扱われたものの中に、「なんり」の記載の下に横に線を引いたものや、「南里」と「司」の間に薄く斜めに線の引かれたものが含まれている。

(争点)

1  別記一の投票を他事記載があるものとして無効と解すべきか否か。

原告は、「他事記載のある投票を無効とするのは必ずしも秘密投票制度の趣旨を貫くためではなく、投票用紙の候補者氏名欄には候補者の氏名のみを直截に記載させようとしたものであるから、候補者氏名欄に候補者の氏名が明確に記載されていて選挙人の意思が明確にされていれば、欄外になされた他事記載については、些細なものについてまでこれを厳格に禁止し、投票を無効とする必要はないものというべきである。このような見地から別記一の投票を見るに、同投票の候補者氏名欄には原告の氏名のみが明確に記載されていて、欄外の右下隅に小さく「」と記載されているにすぎず、他事記載としても些細であるから、これをもって投票自体を無効とするべきではない。」と主張する。

2  別記二の投票を補助参加人に対する投票と解すべきか否か。

原告は、「補助参加人の姓を平仮名で表記すれば「なんり」の三文字となるのに、別記二の投票は「」「り」の二字が記載されているに過ぎず、しかも「」の字は「な」と読もうとすれば読めないことはないという体のものであって、字形も極めて不正確である上、本件選挙の候補者中には「森清和」なる者がいて、同人の姓を平仮名で表記すれば「もり」となるから、別記二の投票は同候補者を指向しての表示であると解する余地もあり、補助参加人に対する投票であるものと断定することはできないから、無効投票と解すべきである。」と主張する。

3  「南治司」と記載された投票を補助参加人に対する投票と目すべきか否か。

原告は、「本件選挙の選挙区内には、補助参加人と同じく有明町大字坂田字古賀に居住し、古賀地区の区長を数期つとめている「南治寛義」なる者や、有明町内において約四〇年前から「南治商店」の屋号で菓子卸業を営み、同町商工会理事をつとめる「南治昭秀」なる者もいるのであるから、右投票はこれら「南治」姓の者を指向して投票されたものとみることもできる。」と主張する。

4  補助参加人に対する有効投票の中に有意の他事記載のあるものが含まれているか否か。

原告は、前記争いのない事実6の投票について、これらは有意の他事記載である可能性がある旨主張する。

三  当裁判所の判断

1  <書証番号略>によれば、選挙会において原告に対する有効投票と決定された投票の中に別記一の投票があることが認められる。右は原告の氏名が明確に記載されているので、原告に投票されたものであることは疑いがないが、投票の氏名欄外の右下部に「」と記載されていることが明らかであり、これは有意の他事記載であるものといわざるを得ない。

原告は、他事記載禁止の趣旨について縷々主張した上で、欄外に他事記載があっても、それが些細なものであるときには投票自体を無効とすべきではない旨主張するけれども、他事記載のある投票を無効とするのは秘密投票制度の趣旨を貫徹するということからくる面があることも否定できないものというべく、別記一のような他事記載のある投票を無効としなければ、右の趣旨が没却されることになることは見やすいところである(なるほど、他事記載を禁じたからといって秘密投票制度の趣旨が完全に守られるという保証は必ずしもなく、これを潜脱する手段は種々考えられることは原告の指摘するとおりであるが、それは自ずから別の事柄である。)。原告の右主張を採用することはできない。

そうすると、別記一の投票は無効と解すべきであり、この点に関する本件裁決の判断は是認することができる。

2  <書証番号略>によれば、選挙会において無効投票と決定された投票の中に別記二の投票があることが認められる。右の「」は「な」と記載するつもりであったものと解されるから、右投票の候補者氏名欄の記載は「なり」であるということになるが、本件選挙の候補者中に姓又は名が「なり」と表記されるものはいないことが明らかである。そして、右の記載に何らかの関連性を有する候補者としては、姓が「なんり」である補助参加人、姓が「もり」である森清和がおり(この点は当事者間に争いがない。)、<書証番号略>によれば、そのほかに、名が「まさのり」である樋口正憲がいることが認められる。

ところで、選挙権の行使は国民の基本的かつ重要な権利である参政権の表現にほかならないから、どの候補者に対する投票であるかが一義的に明確でないような投票の効力を判断するに当たっても、投票の記載について合理的な意思解釈をすることによって、できる限り有効なものとして解釈すべきことが要請されるものといわなければならない。

このような見地から別記二の投票について検討するに、「なり」の記載と表音が近いのは補助参加人と森清和であり、樋口正憲は名の読みのうちの一字が共通であるというにとどまるから、「なり」が樋口正憲に対する投票であるとは到底解されない。では、右投票は補助参加人と森清和のいずれを指向するものと解すべきといえば、それが二文字であるという点を重視すれば森清和ということになるが、文字の共通性からすれば「なり」は「なんり」と二文字が合致しており、「ん」が欠けているだけであること、したがって表音の近似性からしても「なんり」の方により近いものであるということができる。

以上によれば、結局、別記二の投票は「なんり」と記載すべきところを真ん中の「ん」を脱落させてしまったものと解するのが最も自然かつ合理的であるから、この点について右と同様の結論に達した本件裁決は相当である。

3  <書証番号略>によれば、選挙会において補助参加人に対する有効投票と決定された投票の中に「南治司」と記載した投票があったことが認められる。

そして、本件選挙の選挙区内には、補助参加人と同じく「有明町大字坂田字古賀」に居住し、古賀地区の区長をつとめている「南治寛義」なる者や、有明町内において菓子卸業を営む「南治昭秀」なる者がいることは当事者間に争いがない。

そこで、原告は、右投票は「南治寛義」や「南治昭秀」を指向して投票されたものと解する余地もある旨主張するのであるが、これらの者は本件選挙に立候補している者ではないこと、「南治司」という記載は「南里司」と「治」と「里」が異なるのみであること、しかも「なんじつかさ」と「なんりつかさ」は表音の上でも著しく近似していることなどからすれば、これは補助参加人に対する投票であるものと解するのが相当である。これと結論を同じくする本件裁決の判断は是認することができる。

4  補助参加人に対する有効投票として扱われたものの中に、①「なんり」の記載の下に横に線を引いたものや、②「南里」と「司」の間に薄く斜めに線の引かれたものが含まれていることは当事者間に争いがなく、またそのほかにも、<書証番号略>によれば、③「里」の上からなぞってあるもの(<書証番号略>)、④「里」に該当すると思われる漢字を斜線で抹消し、その右横に「り」と書いてあるもの(<書証番号略>)、⑤「南里司」と書いた右横に小さく「なんりつかさ」と書いてあるもの(<書証番号略>)、⑥「南里司」と書いた「司」の右下に小さい点があるもの(<書証番号略>)、⑦「なんり司」と書いた「司」の右横に小さく「ツカサ」と書いてあるもの(<書証番号略>)、⑧「南里司」と書いてある「里」の右横下部に小さい点があるもの(<書証番号略>)、⑨「なんりさん」と記載してあるもの(<書証番号略>)、⑩「なんりつかさ」の「さ」の部分に縦に線が書いてあるもの(<書証番号略>)などがあることが認められる。

しかし、①、②、⑥、⑧はいずれも有意の他事記載と解することはできず(<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、②などは薄くてコピーにも表れない程度のものであることが認められる。)、また、③は書き誤りを訂正し、或いは明確ならしめる意思で上からなぞったもの、④は書き損じの抹消及び訂正、⑤及び⑦はいずれもふりがなを付したもの、⑨は敬称としての「さん」を付したものであることが明白であり、⑩も筆跡全体の稚拙さからすれば、有意の他事記載とは解し得ない。

そうすると、この点に関する原告の主張もまた採用することはできない。

5  以上によれば、原告の有効得票数は一票を減じて二九七票となり、これに対して補助参加人のそれは一票を加えて二九八票となるから、補助参加人が最下位当選者となり、原告は次点者となることになる。

そうすると、原告の当選は無効となるから、その趣旨の本件裁決は正当であって、この取消しを求める原告の本件請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 西理 裁判官 德嶺弦良)

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